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終活はじめ [雑感]

   

 明け方目を覚ましてから床に就いたまま、考えていました。昨日はシニア体操の日。参加している人は同世代、昨年から私も仲間に加えてもらって楽しく体を動かしています。市の検診では問題の数値がいくつかあるけれど、要観察で何か治療が必要という状態ではないということなのですが、やはり適度の運動と栄養管理は欠かせないと思っているところです。あと一、二年は何とか今の健康状態を保てそうなので、この間に家の中の整理や生活の見直しを終えたいと。しかし、いつもどこから始めるかが大問題でいつの間にか尻切れトンボになっているのです。どこからでもいいや、とにかく目についたところからはじめようと。あとは途中でやめないこと。そんな決心、固い決心をしたのでした。

 埃をかぶった本棚、湿った紙タオルで埃を取り、本を並べていたら、読んでないけれど読んでみたい本、もう一度読み返してみたい本が次々目について、何十年か以前に出版された本ですから、今本やさんには並んでいないでしょう。捨てるには勿体ない。いつか読みたい人があったら気軽に読んでもらえたらと、昔本のある喫茶室みたいなものが欲しいなあと買い集めていたころのことを思い出します。

 平井信義氏の本もありました。たまたまページを開くとこんなことが書いてあります。

 「まかせる」という教育は自主性の発達にとって、かけがえのないものである。まかせるということを提案すると「放任しておけばいいですね」と答える両親が大部分であるが、「放任」とは正反対である。「まかせる」ということは子どもに生活上の責任を負わせることで、責任を負わせるには「自由」が必要であって、「自由」を与えるということは「責任」を育てるには欠くことができない条件である。登校拒否を起こすような子どもは、過去の生活のなかで「自由」を与えられなかったのである。

 この本も子供を育てる途中で読んでいたのですが、中途半端にしか理解していなかったと今思いました。

 人の理解というのはこんなふうに中途半端で足して二で割るようにあやふやなものなのですね。

 時々こんな風に道草をしてなかなか進まないのですが、ああ、かたい決心はとにかく続けることだ。








 






 

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自分(存在)と自我    (前回からの続き) [雑感]

 前回二つの事件から、私は個人が一人の人間として自分を確立することの難しさという問題、それが現代という社会のひとつの重要な問題ではということを書いたのですが、そのことをもう少し詳しく考えてみたいと思いました。

 省庁の事務次官という官僚としてトップにまで上り詰めた人でも親として苦しみぬいた挙句息子を殺害するという痛ましい事実、生きるということはなんとむごいことだろうかと思いました。

 生きることの厳しさむごさはこの人だけの問題ではない、もともと生きるということはそういうことで何所でもありうることだと思います。

 家庭内での子供の暴力、登校拒否や引きこもりなどがあちこちでめだって多くなったのは1970年前後からでしょうか。子供の家庭内暴力に思い余った親が子供を殺害する、逆に子が親を殺害するという今回の事件に似たことは今に始まったことではなく、社会の構造や文化、文明の問題とふかくがかかわって多くなってきた問題なのだと思います。

 本多勝一氏の「子供たちの復讐」のなかで稲田博氏と本多氏の対談がのっています。稲田氏が、「このごろの子供の満足には、人間の値打ちといいますか、幅広くて深い洞察力を持つ人間になるとか、豊かな心を持つ人間になるというのはみんな消えていますね。満足できるのは点数と物です。点数がよくなければ楽しくないし、金で物を得なければ喜びを感じない。物を介さない人間の価値ということに対して、このごろの思春期から青年期にかけての子供たちは否定的な発想になっている」というようなことをいっていらっしゃいます。

 さらに家庭内で親に対して暴力をふるっていた開成高校生の親もめちゃくちゃに息子の尻をたたいたわけではない、塾に行くのも世間並みに、勉強も世間並みにやらせたにすぎない。”世間なみ”自体がもうそうなっていると。犠牲が多くなるだけでなく、このまま進めば将来民族の滅亡につながりかねないという危機感さえ稲田氏は感じておられます。

そして事実このような事件はその後なくなったわけではなく、深く潜行していじめや虐待、薬物依存、自殺、傷害事件、引きこもり、他殺などの形で広がっているように思われます。


 そこにどんな問題が横たわっているのか簡単に答えは出ません。ただ漠然と今日では日本だけでない広く世界的な人間の基本的な問題(普遍的な命題)のように思えます。

 ある本を読んでいたとき、そこにこんな言葉がありました。

 子供の幸せを願わない人はいないが、子供の姿が正しく見えなければ、すべて徒労に終わりかねないと。

子供の姿が正しく見えているか。どれだけ子供が見えているのか。

A.S.二イルは先入観を持たず子供をありのままに観察してほしいといっています。また宮城教育大学長だった林竹二は子どもを既知のものとしてみるのではなく、いつも未知のものとしてみた。子供からすべてを学んだと語っておられます。

 また別の機会に

 親と子の行き違いはありふれている。当然なのだが、親のほうに行き違いについての自覚がなく、この行き違いを補う子供社会もうしなわれているとしたら。という言葉にも出会って考えさせられました。

平井信義はその著書で、すべての親は子供の発達段階についてもっと勉強してほしいといわれていますが、私も自分は親失格だと悩んだことがありました。今でも無知だと思います。


 すべての人(親)はその社会の価値観のなかで生き、仕事をしてお金をえて、子供を育てることができます。ですからその社会が持つ体制の価値観から抜け出て自由であることはとてもむずかしいことです。積極的にその価値観をとりいれてその先頭にたつようにしたほうが自分の利益になるということもあるかもしれません。そう思うのが自然かもしれません。

 ここに二つの問題が出てきます。社会によって個人(自分)の意識は規制されているのかという疑問、個人はあくまで受け身の存在で主体などない、私とか自由などはないという考え方と個人は社会の中の存在で切り離された独立した存在ではないが、個人、自分意識があるという考え方。わたしは後者、存在(リアル)と自我(主観とか自己意識)があると考えています。

 そこで後者の考え方をしたとき、社会の中の存在であることと、自分の自我のかかわりです。

 どういう自己意識や価値観をもつか。

 国と国の距離が縮まり、世界のつながりが緊密になり一つの世界になりつつある中で、経済や自然環境、文化や文明と命の問題が基本的普遍的な問題として、すべての個人にとって避けられない問題として登場しているのではないでしょうか。



 



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自分(存在)と自我、父性と母性について。現代に生きる個人の問題を考えて。 [雑感]

最近のニュースを見て思うこと。

 なんの咎もない子供を巻き添えにした川崎多摩区で起こった死傷事件、痛ましいあってはならない事件、家族関係者のくやしさ、悲しみを思うと言葉がありません。続いて起こった高級官僚が息子を殺害するという事件など、このことは人間社会の根本的な問題だと思いました。

この記事を書く難しさから文章を更新することにためらいを感じます。でも一方でこんな悲しい現実を少しでもみんなの力で変えてゆかなければならないと思います。このままいったら、安心して暮らすことがとても難しい社会になっていくのではないかと危惧しているからです。


 人間はなぜ戦争や争いを繰り返してきたのでしょう。

人は戦争や争いばかりではなく、共同しながら助け合ってきたこともたしかです。もしかしたらその力のほうが大きかったから人類は生き延び発展することをしてきたのではないかと思います。

日本は四方を海に囲まれているために、国がかわってしまうような外国からの襲撃などを受けることもすくなく、伝統が受け継がれ、母性的原理が強い社会といわれていました。そこでは社会の頂点に天皇とか藩主や将軍などを置いて、その統治のもとに暮らしを成り立たせてきました。

 成員の一人一人が国を作っているという個人を主体にした民主主義的考えは日本が終戦を迎えた戦後まで多くの国民のものではなかったと思います。

 個人が国を作っている意識がなければ、他人が守ってくれたり、だれかか決めてくれたり、その力を頼みとするわけですから、自分が判断したりする必要がない。個人がすることは集団や他人など場を尊重しその中で努力し従う事です。そのことによって自分も守られてきた。「母性社会日本の病理」のなかで河合隼雄さんは日本の母性原理の中に父性原理が殴り込みをかけてきたのが戦後であるといわれています。母性原理の伝統が簡単に変わるわけではない、民主主義や個人主義を利己主義と取り違えて解釈する人も出てきたといわれます。

 日本人に主体性がないとよくいわれますが母性社会の長い伝統の上に築かれたものでしょう。集団や場を尊重する独自の文化を発展させましたが、そこに悪いところもあると思います。その一番が個の主体性が育たないとか自立の弱さ、困難、だれも責任を取らないで全体の責任、それが逆転して総無責任になることなど。

 集団や他を考え、場をたいせつにする調和を重視する文化は個人の自我を基本にし自己責任を基にするアメリカやヨーロッパ社会と反対と言えるくらい個と社会についての考えがことなると思いますが、わたしはどちらも大切、個人が尊重されるべきだし、個と個の関係(社会、公共)が尊重されるべきと思います。

これからの社会ではすべての個人が生かされて生きる事ができる社会であってほしいと思います。


 今回の二つの事件から、私は個人が一人の人間として自分を確立することの難しさという問題を感じました。

元農林省事務次官が息子を殺害するに至った気持ちは痛ましい限りです。1970年代に息子の家庭内暴力に

行き詰ったあげく息子を殺害するという高校教師の痛ましい事件がありました。このときも殺された息子の人権はどうなるのかと大変な論争になりました。

 個人が社会の一員として生きるためには他人や社会とつながり、そこで存在が認められて受け入れられて初めて生きることができます。個人と個人がつながる社会との問題です。

 川崎市多摩区の事件で容疑者岩崎隆一について報じられているところを見ると親族を含め、社会との接点を持たないで生きてきたことを感じます。事件の朝、初めて隣の人と出会ったとき、おはようございますと挨拶しています。おそらくその時彼は事件を起こし、いずれかの時点での自死を覚悟してこの社会から消えることを決めていたのでしょう。育った環境を見ると親からも、おそらく周囲からも社会からも切り離されて長い時間を過ごした末の結論であったのだろうと思います。なぜ彼はこんなにも孤立孤独だったのでしょう。さらに彼はなぜ自死にあたって、多くの見ず知らずの他人に攻撃の刃をむけたのでしょうか。本人が生存していない今になっては、その手掛かりとなるような遺書も文書もsnsなどもないそうですから、はっきりと知ることはできませんが、あまりに孤独な子供のころからの環境にたいする意識的あるいは無意識の抗議のようなものも感じます。

 彼の行為を弁護するわけではなく、あまりに孤独なその姿に異常ともいえる現実、日本の一つの現実を思わされました。

 「死ぬなら一人で死ね」という投稿をめぐって論争が起こっているるようです。

 自分なら、どんな理由であれ、人を殺めるようなことはできない。自死するならひとりで死にたいと思うでしょう。場合によってはなぜ死ぬか書き残すかもしれません。自死は自然なものではない、本当はあってはならないことをするのですから理由を書くことは残される人へのせめてもの愛なのだと思います。彼には他者への愛はなく、憎しみか恨みがあってそれを表現したのかもしれません。


 人は誰かから何らかの形で認められ受け入れられて初めて人となり、また社会の一員になる。それは真実だろうと思います。それをどう実現していけばよいのでしょう。

 平井信義氏の「失われた母性愛」を読んだとき、悪人正機という言葉の意味が分かったように思いました。

 母性愛というのは他人への気配り、気づかいであり、慈しみや相手を思うこと。存在をまず認め受け入れることですが、父性原理の強い社会は自分の考える正義で相手を裁き、排除したり切除したりします。

現在の日本には強い父性原理がはたらいているのではないでしょうか。それと同時に同調行動も強くあるように

思います。

 次回父性原理と同調行動の問題、個性と子供の発達をどう支えるかなど考えたいと思います。








 



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歴史と自分(存在)、自我の問題 [雑感]


パソコンが修理からやっと戻ってきましたが、再設定に四苦八苦して、パソコンの初歩から勉強しなおし状態です。[ふらふら]



 また悲しい事件が起こってしまいました。二度とあってはならない事件なのに言葉がありません。


 現在の日本、過去からかんがえて人間の理想に向かってずいぶんと進歩していると思います。それは信頼していいと思うのですが、何か大事な視点を欠いたままこのまま進むと人類の未来が進歩どころか大変なことになってしまうのではないかと危惧するところがあります。


 歴史を考えてみたいので、以前このブログで書いた下書き保存を載せたいと思います。


 「昔の友人へ」2018年から


 風かおるさわやかな季節になりましたね。
 早速大切なものをお送りくださいましてとても恐縮しております。ありがとうございます。早速妹さんの書かれたものを拝見しました。妹さんが今いらっしゃらないことお姉さんとしてはどんなにか心残りのことと思います。ご兄弟姉妹がどんな艱難辛苦の子供時代を過ごされたか、私には推し測っても想像できないことがあることと思います。お父様やお母様の苦労を思い皆様の思い、自分の課題どうつなぐか重い課題と思います。
 憲法改正の動きが急ですね。秘密保護法、集団的自衛権など一日たりとニュースに登場しないことがない今の時代をどう考えたらよいのでしょう。
 またお手紙します。まずは届いたお知らせと御礼まで


 あなたからの分厚い郵便物を受け取ってもう半年以上がたちますね。

 振り返ると思い出すことがいっぱいです。ずいぶんお世話になったことも。仕事を辞めてからはすっかりお会いすることもなくなってしまいましたが、忘れたことはありません。それだけわたしには印象深い深いつながりだったのですから。あなたが送ってくださった文集を今広げて読んでいます。

同じ世代の人が戦争の時の思い出を手記にしようと書いた文集。それを今読み返しながらあらためて、「命を断ち切る戦争」ということ、苦しんだ人間が生み出した信念「非戦」こそリアル、対話こそ希望といったコラム記事の言葉につよく同感しています。


 安倍政権の支持が不支持を上回っているとマスコミが報道しています。憲法改正が現実の日程に上ろうとして、改正に賛成の政党が改正の必要がないとする政党を上回っています。公明党は加憲と言っていますが、武力による解決は放棄するということを本当はどう考えているのか、あいまいはっきりしない主張ですね。

選挙のたびにあなたが食事もとれないくらいとても落胆されていたのを思い出します。そのことは私も同じですが。

急いで結論を出すべきではない、それはとても危険なこと、また出せないくらい複雑な問題、様々な角度からの議論が積み重ねられて明日の世界を明るいものに、その可能性がみえるのだろうと思います。


 とりあえず、あなたから頂いた手記のコピーに戻ります。(続きは前回にあります)


                                                                                       

                          

                                                                        

                                                                          

 



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子供だったころ

 友人から送られた文集からの一部掲載です。掲載は友人の承諾をいただいています。




  いつ消える心の傷


  私は江戸川区平井に生まれました。昭和20年8月15日、私は六歳で、その日のことは覚えていません。

 平井にいた頃は、母親たちが一生懸命バケツリレーで火を消す訓練をしていました。父が家族のために作っていた防空壕に、警戒警報のサイレンが鳴ると昼夜を問わず入らなければなりませんでした。夜はいつも電気に黒い布が掛けてありました。

 昼間、サイレンが鳴ると皆防空壕に入ってしまって誰もいなくなってサイレンだけが鳴っていました。それがとても怖くて「泣いてはダメ!」といわれると余計大きな声でこれでもかと汗びっしょりかいて泣いていました。

 戦争が次第に激しくなり、疎開していくのでしょうか、一人減り、二人減り、いつの間にか周囲は空き家になってしまいまし た。母もだんだん心細くなったのでしょう。父の実家、長野県に疎開しました。疎開した次の年に終戦を迎えたのだと思います。何年何月だったか覚えていませんが、母のもとに白い四角いものを持ってきた人がいました。父の遺骨だということです。母も姉たちも泣いていました。私は父が帰ってきたというので不思議に思いました。こんな箱の中に父がいるのだろうかと。

私は持ってみたかった。誰もいないとき、床の間においてある白い箱をもって見たら、あまりの軽さにしりもちをついてしまいました。

 だんだん生活も苦しくなり、家具類もいつのまにか消えて借りていた家は広く感じられました。

 その頃から母のいなくなる日が多くなり、いつの間にか母も帰って来なくなりました。

 私と4歳下の弟はよく遊びました。床の間の父の遺骨でお化けごっこをしているうちに怖いのか、きっと寂しかったのだろうと思います。泣いてしまいました。私が泣いたので姉たちもみんなで泣いてしまいました。私たちだけでは生活できないので父の兄の家に引き取られました。その頃はどこも生活が苦しいためいつまでも一緒に生活ができず、姉二人、弟と皆バラバラに別れることになりました。小学校三年のころだったと思います。

 私にとって戦争とは、家族の誰かが居なくなり、住む家もなくなり、食べるものもなく、ひもじい思いと家族がバラバラになってしまうということです。だから戦争はいやです。

 今、私が思うことは、人の親切で私たちも生きてこられたし、親子がまた一緒に生活できたけれど心の傷はいまだに消えません。

 広島や長崎で原爆にあった人達はもっと悲惨な思いをされたと思います。心の傷は隠すことができますが、人の前にでられない身体にした戦争、原爆を二度と落としてはいけません。落とさせてもいけません。(M)




 

 昨日のことのように思い出すー悲しいこと、恐ろしいこと、でも私たちは生きていた。


  満州で敗戦を迎えたとき、私は7歳だった。まだ子供だったけれども、その前後のことは忘れることもなく、時として昨日、今日のことのようにはっきりと浮かんできたりする。

 昭和20年5月15日、父は出征兵士として、多くの人々に見送られ我が家を後にした。兄と私は父を送り、遠く離れた神社まで行き、そこで三人で参拝した。最後に父が私たちに何か言ったかは覚えがない。兄が右手を挙げて敬礼をし、父も同じく敬礼をした。私もあわてて父と兄と同じことをする。女の子は頭を下げればよいのだと知っていたのに。

帰り道、あいさつもできなかった自分が恥ずかしく悲しくなりながら、兄の後から兄を見失うまいと歩き続けた。

 昭和20年8月15日、敗戦。近所の日本人がどんどんと少なくなっていった。母は「戦争が終わったのだから、必ずお父さんはこの家に帰って来ますからね。ここで待っていましょう」といつもそう言うのだった。

秋は過ぎ、大陸の冬は駆け足でやってくる。昨年まではスチームが入っていた家も、もう自分たちで、ストーブの燃料も手に入れなければならない。食糧はもちろん燃料を手に入れることも大変なことであった。

真冬のある日、母と私はリックサックをしょって、鉄道の線路上を列車を避けながら、コークスを拾って歩いた。その日はいつもよりたくさん落ちているではないか。夢中で拾っていた。突然、目の前に黒光りする銃を突き付けられた。子供心にもその意味することはすぐにわかった。あまりの恐ろしさに声も涙も出ないのであった。数人のソ連兵が立っていた。見渡す限り人間は私たちとソ連兵だけである。そこは石炭倉庫。

 その時、その中の一人が私を手招きする。母の顔を見ると大きくうなずく。私はゆっくり兵士たちのところに歩き始めた。ほかの一人が石炭のひと塊をリックに入れてくれて背中を押す。母のところまで歩くのがやっとの重さ。すぐに持ってもらった。その間、私には人間の言葉を耳にしなかったように思う。零下20~30度とも言われる冬の日、母と娘は言葉を忘れて歩き続けた。

 春が過ぎ、夏になった。

 昭和21年7月のはじめ、坊主頭になった母は男性の洋服を着、子供たち4人を連れ、大陸から日本へ向かって出発した。

 「夏の暑いうちに南へ行かなければ、、、」と。来る日も来る日も昼は山の中で休み、夜になると歩きだす。兄は2歳の弟を背負い、母が妹を背負い、私は母の手をしっかり握り、南下した。

 貨物船に乗り約一か月、その間、船の中で栄養失調、病気で死亡する人が多かった。その人達はみんな海に捨てられていった。ようやく佐世保に上陸し、丸二日間、熱い貨物列車に乗り、茨城に到着する。弟は眼だけ大きく、服が出て栄養失調と一目でわかる体になっていた。

 父の故郷茨城の駅には従妹が待っていた。真夏2か月間もの逃避行の末にたどり着いた私たちを見て、さぞ汚らしく、こんな親族を恥ずかしかったろうが、近づいてきて、「おばさん達ですね。お迎えに来ました」とあいさつをした。白いセーラー服の16歳の従妹は小さな村の駅に立っているだけで美しい絵であった。ここから歩いてすぐですよ。あの山の向こうですと言い自転車の後ろに弟を、前に妹を乗せると歩きだした。「もう、ここでいい。今日はここでもう寝よう」と私は何度も同じことを言いながら、一時間以上も歩き続けて祖父母の待っている家に帰りついた。夕暮れの山々はまるでシルエットのようであった。

 昭和21年9月1日ようやく5人全員が畳の上で寝た。弟も命が助かるのだった。

 昭和27年9月7日行方不明のため戸籍上抹消するという知らせで父の葬式をした。県から小さな箱が届く。その中には父の学生時代の柔道着の写真が1枚入っていた。私は父の顔というとあの写真の顔しか浮かんでこない。


 昭和63年8月  私たち5人は生きている。

 私は命の尊さ、大切さを思い何度子どもたちに話したことか。最近では「またですか」などと相手にされないくらいである。生き残ったものは小さな声でも戦争に反対しなければという共通の思いだけは5人とももっている。5人が集まるとそんな話になってしまうのである。   

                                    (S)


  


  文集にこんな歌がありますね。

 

   こんな歌知っていますか?

 

   勝ち抜く僕ら少国民

   天皇陛下のおんために

   死ねと教えた父母の

   赤い血潮を受け継いで

   心に決死の白襷

   かけていさんで突撃だ


  むかし少国民だったAさんは今でもすらすら歌えちゃう、愛唱歌だったと言っていますね。私は小さかったから聞いたこともなかったのかもしれません。

 戦争は自分の国だけが勝てばいいというものではありません。自分の国だけが犠牲者を出すのではない、どちらの国でも傷つき命を落とし生活が破壊される。しっかりそのことを見なければならないと思います。 

 幼い子供から永久に父を奪ってしまう。一人で4人の子供を守ったお母さん、あの激しい弾圧のなかで戦争反対の運動をしていたご両親をずっとあなたは尊敬していらっしゃった。宮本百合子を卒論に選んだことも話してくださった。あなたがお兄さんについてひどく否定的な発言をしたことに驚いたことがあります。その後もお兄さんについて伺うことはなかった。過酷な体験のなかで長男であり、男としてお兄さんの生き方があったのではないかと思いますが、兄弟まで裂いてしhまう戦争悲しいことだなと思いました。

 私が職場をやめるとき、あなたは一言だけ淋しいですと言われた。その言葉は忘れていません。別れとは思っていませんでしたし、今も同じなのです。

 

  生まれてくる命が大切にされる世界、人間と自然の共生は過去から未来へ向かって人類の課題であることはかわりありません。


      





















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歴史の動きの深層に何があるのかという問題と自分。 [自問自答]

 「失われた母性愛 子育てを楽しむために」を読んで感じたことをまとめたいと思います。


 何か混沌としか言いようのない複雑さの中で漂流しているかに見える世界、でも実際は科学技術や文明の発達が人々の距離をちぢめる一方で際限なく拡大発展する世界をつくりだしているように思えます。個人はその時代を漂うあくまで小さな旅人、部分であり、偏っていて、さらに未熟。チリのような存在かもしれません。そのチリのような小さな存在である個人の意味はどこにあるのでしょうか。そして個人はどう生きたらよいのでしょう。


 私が生まれた年は昭和15年でした。すべての政党が解散し、大政翼賛会が発会した翌日の誕生で、これから一挙に太平洋戦争へと突き進んだ時代です。それから終戦、戦後の復興期、経済発展から今日までの約八十年近くの間におきた変化は想像だにできないような大変な変化です。もし浦島太郎のように今の時代に戻ってきたらどう感じるでしょう。


 「失われた母性愛」というタイトルを目にして、そもそも母性とか父性とは何かを改めてしらべてみました。

 とても詳しく参考になったのは河合隼雄氏の「母性社会日本の病理」の中のーーー母性社会日本の永遠の少年たちの章、母性原理と父性原理、倫理観の混乱、自我確立の神話、永遠の少年、イニシエーションなどでした。


 父性、母性はふつう母なるもの、父なるものとも捕らえられますが母性原理は「包括する」機能であり、父性原理は「切断する機能」といわれます。


 母性においてはすべてのものの良し悪しを問わず絶対的な平等性をもつのにたいし、父性原理においてはすべてのものを切断し分割し、分類します。母性が「わが子はすべてよい子」としてすべての子供を平等に育てようとするのに対し、父性は「よい子だけがわが子」という規範によって子供を鍛えようとする。父性はこのようにして強いものを作り上げていく建設的な面と、逆に切断の力が強すぎて破壊に至る面の両面をそなえている。(著作から)


 著者は現代日本の社会情勢の混乱の多くは、父性的な倫理観と母性的な倫理観の相克の中で、一般の人々がそのいずれに準拠してよいか判断が下せないでいること、また、混乱の原因をほかに求めるために問題の本質が見失われていることによるところが大きいと考えられています。

 

 もう少し父性原理と母性原理という問題を考えてみると包括する機能と切断する機能は男女の別を問わず、一人の人間の無意識、意識のなかにある働きと私は思います。その働きは個人の命、いきることそのもので他者や世界とつながります。母性は存在そのもの、父性は人間の意思とか意識とか認識と読み替えてもいいのかなと思いました。

 

 「失われた母性愛」の著者平井氏は昭和28年、世界保健機構のセミナーで母性愛の喪失という言葉を始めて耳にしたときの驚きを語っています。なぜなら、著者はそれまですべての母親が子供をかわいがり、子供のために犠牲になることを辞さないと信じていたからです。母性愛の喪失という事実が欧米の母親に起きていて、日本のこどもは幸せだなあと思ったそうです。

 しかし、その後、わが国の母性的行動の現われが愛情に裏付けられていないことをしり、母性的本能への疑い、動物の母性行動がホルモンによって支配されていて、愛情を形成する能力は人間にのみ与えられていること、そしてそれは形成される性質のもので、人間関係が重要な意味が持っていることを知るようになります。それ以来、母性愛の構造と形成過程について考え続け研究の結果がこの本になっています。

 著者の言葉の中で、重要なことは愛情を形成する能力は人間にのみ与えられていること、母性愛は本能ではなく形成される性質のものであるとあきらかにしているところだと思いました。

 

 女性の本能ではなく形成されるものであることをこの書物によって理解できたように思いますし、母性愛とは何か、それはどのように育てられるのかを知って、現代の絶望的になりそうな世界で将来に希望を持つことが可能なのだと信じることができたと思います。

 

 次回なぜそう思えたのかについて書こうと思います。

 


 

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あなたはどこへいくのです? [自問自答]

 あなたとはわたしです。つまり私が私に向かってあなたはどこへ行こうとしているのという意味です。どこへ行こうとしているのか、簡単にすらすらと出てくる問いではなく、毎日毎日繰り返しながら、とりあえず、とりあえず、、、今は元気でやらなければならないことがある。やらなければならないと思うことがあることは生きている意味なのでしょう。

 失われた母性愛(平井信義著)を読んで改めて自分の子育てを振り返りました。そしてこの年齢になったからこそわかること、この本を買った当時には気づかず、深く考えることもないまま済ませてしまったこと、この本が書いている内容の意味、重要さが身にしみるとともに、母性とか父性ということ、なぜ母性愛が失われているのか、今日的意味、また人類の将来について考える意味でも深い示唆に富んでいると思いました。

 まだ読み終わっていないし、パソコン操作も使い勝手が悪いので後日詳しい感想を書きたいと思います。

 

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明るい陽ざし

あかるい陽ざしに緑一色の公園、散歩に行くとボタンはすでに終わってしまったらしく、代わりに芍薬が満開、白色のつつじは咲き始めの青みを失って最盛期をすぎようとしていました。わずかの間に季節は足早に変わろうとしているようです。古代はすの蓮池のほうに歩いていくとすでに新芽が水面からかなりのびていました。さらに池に沿って進むと菖蒲がずいぶん花を開いています。見ごろもまじかでしょう。


連休といっても関係ない生活です。相変わらずやらなければならないことはいっぱいなのに、ちっともはかどらない感まんさい。おまけに掃除機が故障、パソコンが故障、やれやれです。掃除機はなくてもほうきと雑巾があれば掃除はできます。電気も使わないで、使うのは体だけだから省エネ、健康的かも。しかしパソコンはないとだめなことがわかりました。修理にだすことにしました。家族のパソコンを時々使っていますが、画面が小さいので使い勝手がわるい。だから殆ど使いません。

本棚に二冊面白い本をみつけました。「薮の中の家」芥川自死のなぞを解く(山崎光男)と失われた母性愛(平井信義著)です。何でこれまで読まなかったのかと思うくらい、今自分が必要としている本だと一生懸命よんでいます。

パソコンが修理から帰ってきたら、この二冊の本について考えたことを書きたいと思います。



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2019-04-30

 短い添え書きとともに友人が一冊の小冊子を送ってきてくれました。出版の話がでていた文芸誌9号が長い休眠から一歩を踏み出したのだそうです。拍手と声援を送ります。三人と少人数ですが、中身はどれも濃い力作で衝撃でした。

 国会前を埋めつくす抗議の人の波と政治の間、新聞のアンケート調査でも政府を支持できないという人の数字の多さにもかかわらす、安定をのぞむ声が大きい。どこか政府と国民の意識に大きな乖離があるのではという印象がぬぐえない。そんな昨今の不透明な時代のなか

「歴史の吐息」の敦史の何か足りない、何かが足りないという問題意識は私も常日ごろ思うので、そんな問題意識から出発しているこの作品に引き込まれながら一気に読みました。

 物語は昔は教会で、いまカフェとして使われている歴史を感じる洋館を舞台に展開します。現代につながる歴史、今という時代、どう生きるか、それは敦史にとっての問いであると同時に私の問いでもあると思いました。

 須藤みゆきさんの作品は虐待家族を扱っています。主人公は四十代前半とおもわれる研究室につとめる女性。幼児期から壮絶な母からの虐待を受け心と体に深い傷をおっています。親による子どもの虐待の姿、子供へ与えるその傷の深さをこの作品は見事に言葉にし表現したと思います。須藤さんの作品はこれまで何作か読んでいますが、今回の作品はさらに切り込んで書かれています。

 母の「あたしのあんたに対する愛情は、これだけつよいのよ」「あんたは誰のものでもない、私のもの、誰にも渡したくない」と言う矢のような一方的な愛情と娘の身体を傷つける行為をしながら、一枚の紙でもあるかのように何の表情もない母親の顔、そんな母の姿に娘はすでに破壊された精神を抱えながら、それでもなお、娘を抱えて生きていかなければならなかった哀れな人間の存在、姿をみています。

 わたしは親と子、家族などを考えてきて、最近社会問題にもなっている親による子どもの虐待にも強い関心がありました。

虐待する親の心理はどのようなもので、どんな背景があるのだろうと。いろいろの事件や本など調べても親が解決できないような問題を抱えて苦しんでいる環境にあることが多い。子どもへのむちは思うようにいかない自分への卑下、鞭が我が子へ転化したものという場合が多いように思います。解決できないやり場のない感情が力のない家族に向かう、そんな構図は少なくないと思います。

 子どもの不幸の裏に親が。親の不幸の裏に時代やその親や家族があるのだと思います。作品中の親は戦争前後に生まれ育った年代ではないかと思いましたが、その時代の女性は奉公に出されるか、もっと貧しい場合は身売りされたりすることも少なくなかった時代です。男尊女卑で人間的に扱われなかった時代ですから、精神的にも経済的にも劣悪な状況で大変な思いをして生きた女性も少なくなかったと思います。まして一人で子どもを育てなければならなかった苦しさは限度をこえていたかもしれません。その人の状況を知らないと何も言うことができないことがあります。

 子どもは親や生まれてくる環境を選んで生まれるのではないのですから、子供に何の咎も責任もありません。今親から暴力などの虐待を受けている子どもに何の責任もないことを、それによって子供が何らかの社会からの不利益な扱いを受けたりしない、そういう社会の認識にしたいなと思います。 命を生み育てる大変さを力の弱い個人にだけ押し付けることも実態にあわないし、子どもは親個人のものという考えも考え直してみたい問題だと思います。実際の親子であることを基礎にその子育てを社会全体で担うという制度を整えることが急務に感じました。

 この同人誌は日本民主主義文学同盟千葉支部誌です

  

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目を開けて、未来へ。

 

 この頃思うことの一つが、自分が過ごしてきた7O年と言う時間について。70年たって何がどんな風に変わったのか。自分にとってこの70年はどんな時間だったのだろうかと思う。

なぜか私には明るさはなかった。どこかで明るく前向きに思いたい気持ちがあるが、本当の気持ちでないことを知っている。暗く考えたくないし、人にそれと伝えるのも躊躇う。人に伝えるのは本当の意思や自信、未来への確かな信頼でなければならないと思うから。


 今朝の朝日新聞の天声人語に坂口安吾の言葉について書かれている。歴史的大欺瞞、お任せ民主主義、世襲に由来する権威をなんとなくありがたがり、ときによりどころとする。

これらのどの言葉もいまにぴったりだと思う。本当の自分はどこにいるのだろう。

 本当の自分を確立することくらい難しいことはないと思う。生涯をかけた問題なのだと思う。

 自分の疑問がどんなところにあったのか、次第にはっきりしてきたように思える。

 封建的身分制度、世襲制度から、資本主義的自由主義、貨幣制度へと社会が大きく変化する中で、現在はかって人類が想像もしなかったような変化の時代に突入しているかのようにみえる。しかし人間そのものが変わり、別物になったわけではない。ロボットのような感情や生理にかわったわけでもない。

 人間が基本であるべき、その意味で太古の時代も今も人の願いは同じなのではないだろうか。社会制度や活動がどう変わっても人に始まり、人の命が中心にあるべきで、生を受けて生まれた人の命が生かされる社会であるべきなのではないかと思う。その基本的な命題がおろそかにされる社会でいいのだろうか。言葉を変えれば生きていける人と生きていけない人をつくる社会ではいけないのではないかと思う。

 今の世界、社会はどうなのだろうか。これからの社会はどうなのだろうか。

 他人や世界大きなところを考えてみても仕方がない。自分は目を開けて未来へを考えたいと思う。

 












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あちこち迷わずに。

 新聞を切り抜いて後でゆっくり読もうと思ったファイルもたまる一方。読みたいと思う本もなかなか追いつかない。年を取ったらゆっくりのんびり過ごす、そんな老後を人は普通考える。自分も誰かに強制されたりやらなければならない立場にいるわけでもないから、自分を追い込んだりしなくてもいいはずなのになぜかいつもどこかで心が急いている。

なぜ?と自分に聞いている。

 あちこち迷わずに目的のために日々を過ごす?

 やっと一つの方向が心に決まったと思えるが、その道を歩くには日々の格闘が必要なのだ。それくらい確かではない、確かだと言えることはない。その都度確認が必要なのだ。

 


 

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内と外

 予約の資料が用意できました。図書館から電話が。何を予約していたんだっけと思い返しても何か思い出せないまま図書館に。前回もそうだったから、ずいぶん記憶力が落ちたのかと思うが、若い時からそれほど記憶力がよかったわけではないから年のせいというわけでもないみたい。職員さんが出してきた本を見て、ええっ、これわたしが予約した本ですか?と眺めてしまった。「new elite] グーグル流・新しい価値を生み出し世界を変える人たち。そもそもエリートなんて関心ない。どうやらIT関係の本らしいと思い、取り消しをしようかと思ったが、予約したのは半年ほど前だという。たぶん、新聞の読書欄をみて予約したのだと思い、読めということ?と思いなおしました。

 少し読み始めると結構面白い本らしいと思いました。

 今病むということはどういうことか、「和解と精神医学」という本を読みなおしています。初版が1989年(平成元年)であの頃から既に私の疑問の中心はそんなところにあったのだと思う。

 

 病気とか病むということはどういうことか。著者森山公男氏の病気というのは人間が生きることの意味を問い直す一つの大きなきっかけだと思うという解釈は明快で深いなと感じます。

 著者の言葉を引用しましよう。


 人間がいきるということは、、、常にいろいろ苦しみ、人間関係とか自然との関係とか、そういう中で様々に思い悩んだり耐え忍んだりしながら生きてきたのが人間の生であって、

そういう人間の生の過酷さの表現として病気があると考えることができる。その病気の具体的在り方は、それぞれの人間の個性とか固有の生き方とかに由来すると考えられる。いいかえると病気というのはその人の生きざまの産物であると言えるし、あるいはその人の生の象徴であるといえる。、、、そういう点でももっとポジティブに病気というものを考えていく必要があるのではないか、一人ひとりの問題として考える必要があるんじゃないか。

 

 病気というものをもっとポジティブにとらえたいという考え、納得でした。

 

 人間の内と外ということ。(和解と精神医学から)


 私たちは、、、自分の生命を持った存在なのだが、別に実態があるわけではなく(注風船カズラ。仏教の認識と同じ?)本来生とは「関係」の存在なのだ。生命は本質的に絶えざる関係の中にあるもので生という実態はないということが大事という。したがって生命は常に環境に対してある面で開かれていなくてはならない。常に環境と特定の関係を取り結んでいる。


 生命は環境に対してある面で開かれている一方で、環境に対して別の面で常に閉ざそうとしている。生命は常にある種の有害物とか危険とかを避けようとして、また不必要物は排泄しようとするのが、生命のもう反面の機能としてある。

 ここに生命体の内と外という問題が出てくる。

 環境に対して心が完全に閉ざされてしまったとき、今ここに生きるということができなくなってしまう状態、その結果が精神病の状態あるいは心の病の状態に陥っていくといえる。


 人間(個人)は家族とか、共同社会とかの世界にたいして開くと閉じるの機能をもって生きているといえるのだろうと思います。

 開くと閉ざす、二つの機能を働かせつつ今ここに生きることができるのは「世界との和解」「自己との和解」「自己身体」との和解の瞬間であるといえるのでしょう。

 世界との和解、自己との和解、自己身体との和解という問題を考えたとき、(著者は和解ということについて誤解しないように、体制に順応するということではないと)私は一番自分のありのままの姿、本音を受け入れる認める自分との和解が大切ではないかと思っています。自分の本当の姿を胡麻化したり抑圧していると自分の身体との調和も失われてしまいます。

 次に世界(家族関係とか仕事の関係とか、さらに自然とか)と本当に和解できるかという問題があります。

 人間が世界の中で生きるということ、世界に生きる意義や価値、本質はここにあるのかもしれないと思います。

人間の本質、命は利己的なだけかについて考えると、在るがままに子供の観察したA・S ニイルは利己的であると同時に彼らが愛他的であるといっています。実際人は自分ばかりが大事なわけではなく、他人も大事に思います。自分に共感するように他人にも共感します。

 しかし悲しかったり憂鬱だったり不安だったりするのはどこかで自分の本当の願いと世界に対立を感じることがあるからなのでしょう。

 幼い子どもが親にせっかんされ鞭うたれる世界、鞭うつ親に社会はどんな助けができるのか、子供を守れるのかこうした問題ひとつをとってもその答えを十分に見つけることができないでいる。そういうことを考える対策や人も不足している。そのための予算もない。先頃飛行訓練中に行方不明になったF35A戦闘機は一機100億円だそうです。その値段を聞いて驚いてしまいました。42機購入する予定がさらに105機になったそうです。たとえ敵国でも多くの人間を殺せる。場合によっては自国の防衛と同時に世界を泥沼にも変えてしまう力を持つ兵器です。

 これは一つの現実ですがなじめない現実の一つです。人間に絶望したりしてしまわないで今世界の中で生きるという課題を考えたい。




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果てしなく


  さくら千葉公園.JPG   桜の季節も次に移って新緑になろうとしています。


 先日は生実にあるお寺さんに伺いました。住職さんは不在で優しい奥様がお話をしてくださいました。もっと仏教を知りたくて、これからも機会を見つけてお話が聞けたらいいなと思います。お寺ってただお参りするなら何時でもだけれど話を聞きたいとなると敷居がたかくて、気がるにというわけにいきません。でも奥様の話ではそんなわけではないそうです。

 夫が読んで面白かったというので、「恋歌」(浅井まかて作)を読んでみたらすっかり引きずり込まれ2日間で読み終ってしまいました。私は茨城で生まれたので、幕末の尊皇攘夷運動の急先鋒だった天狗党を巡る史実や江戸時代の茨城県の風土が身近に感じられ、その中で歴史と政治というものの感慨を深くしました。

 なぜ戦争があるのか、なぜ孫子の命まで奪い合う非情、憎しみ、報復があるのか。

人間の悪はそんなに簡単になくならないのですね。でもこの小説は女性たちの再生の物語でした。

 と同時に明治維新とはなんだったのか、国と民主主義というような大きなテーマについても考えさせられました。


 

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残り少なくなって考えたいこと [自問自答]

 保坂正康さんの「平成史」を読み終わって、自分のこれまでの生活を考えながら、時代がどんな風に変わってきたのか改めて考えました。

 現在の天皇皇后は第二次大戦を十代で過ごされています。そのことが大きい。そして歴史の意味戦争の意味を深く考えられて戦後の生活を考えられたと保坂氏はいわれています。昭和を因とし平成を果として多様な光景が生み出されているという保坂さんの指摘は納得できるところのように思いました。




 子どもたちが思春期になって、親の在り方の難しさみたいなものを感じていた頃、図書館に勤めていて、日本で出版される本が次々目の前を通り過ぎていました。そのなかに秋山さと子さんの「母と子の深層」や、A・S・ニイルのニイル著作集などが含まれていて、とびついて読みました。本を読んだからって何が分かる?という人もいます。実際「読んだからって何が分かる」です。結果賢い子育てができたわけではありませんでした。でも本を読むことに意味がないとは思いません。本を読んで知ったこと、広がったことってとても大きい。井の中のカエルくらいに狭い生活空間の中で出会えること、知れることなんてわずかなものですから。出会いは本に限ることではないのですが。

 ニイルの本で考えさせられたことはたくさんありました。親と子の関係。子どもの扱い方。学校と子供など。先入観を持たずに子供にむきあった経験に基づくニイルの子供観はこれまでの世界の子供観を根本的に変える部分を持っています。

 

 ニイルはこう書いています。

 政治は決して、人類の重要問題に触れていない。保守主義、自由主義、社会主義、共産主義、いずれの主義のもとにあっても、若者への圧政は行われ、子供は条件付けによって育てられ、象徴的に去勢されている。そこで彼らは大きくなっても、終始鎖によって縛られてきたことを気づきえない。どこの国でも、いかなる時も大人は子供に対し、歴史の針を後へ戻した生活の仕方を教える。だれもが教師に教えられた知識以上のものは、ひとに教えることができないとしたら、若者に向かって、いかに生きるべきかをあえて教え得るほど誰が善良であり、誰が賢明であるといえよう。

現代において我々大人のやったことを、まあ考えてみたまえ。二つの戦争をやり、第三のそれもやりかねないが、今度のそれは、想像も及ばないほど恐ろしいものらしい。

 すべてのこれらの憎悪と戦争は、経済的条件の原因が主たるものではないということに気づいている人は甚だ少ない。

 どの戦争でも、労働者の大軍が他の労働者を殺し、労働階級が労働階級の地区に爆弾を投じている。労働者と資本家、持てるものと持たざるものとの純粋な戦いは存在しない。

二つの世界大戦に何百万の人びとが死んだ、、、それでいてなにも得ていない。戦争の後、世界はちょっとだってよくはならなかった。いや一層悪くなった。若者たちがこんなに条件づけられ、こんなに去勢され、愛国心といったような理由で、戦って死ぬようにさせられないならば、戦争など起こることはあり得ないであろう。(ニイル著作集7 自由の子ども序文から)


 このように述べた後、子供らは生まれたときから罰やしつけや小言を言われる代わりに愛が与えられ、子どもが自由であると同じに親も自由であるべき、しつけの厳しい家では子どもの権利は全く認められない、そこなわれた家庭では子どもはあらゆる権利を持っている。健全な家庭は、子どもも大人も同等の権利を持つ家庭であると書いています。


 自由と放縦の違い、自己統制の意味はなにか。


 自由は勝手気まま何でもしてよいということではありません。放縦とは他人の自由を侵すこととニイルは定義しています。


 自己統制の真の意味は洗礼派の牧師とゴルフをするとき、神への不敬の言葉を慎むというような良い作法をいうことでしょうか。わたしの意見では、自己統制とは、他人のことを考える能力のことであり、他人の権益を尊重することです。(ニイル著作集から)


 日本を巡るかつってない危機と安倍総理は国の防衛を強調しますが、安保体制下での日米共同作戦が進む状況のなかで、国と国の関係、平和や戦争についてどう考えるか、また家族や親と子の関係もまた根本から考えなおしたいことではないかと思います。



 

 



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悲観と楽観の間   [私の本棚]

 何かを読んでいて、ああ同じだわと思うとき、全く違うと思ったりするとき、同じときはやはり一人じゃないと嬉しかったり安心したりします。違うときはなぜ異う考えになるのだろうかと考える。どうしてそう考えるだろうかともっと調べてみたくなる。


 「異なる意見や立場が共存する可能すらない」 これは菅自民党幹事長が国際捕鯨協定から離脱を決めた際の言葉。

 異なる意見や立場が異なる人や国は世界のあちこちに存在します。世界というのはそもそも多様で多彩、あらゆる存在が異なっていて差異をもつ。同じではないのだが差異を持つものとの理解共存を否定したとき、分断や抹殺がすすむのでしょうか。


 前回の「親子とは何か」に続いて二、三のことを考えてみたいと思います。

 「僕は12歳」の岡真史さんの本を読んでいないので、なぜ彼が12歳という若さで自らの命を絶ってしまったのはわかりません。想像でしかないのですが、お母さんの記事を読んで何を感じたかというと岡さんの息子さんがぶつかった問題は彼が解決が不可能と思うような問題であり、それはご両親も同じように難しい同時代的な、あるいは人間としての苦悩だったのではという気がしました。父である高史明さんの「命の声を聴くー自死のわが子より学びしこと」をまだ読んでいないのですが、子供の苦悩が分かっても親が何もできないことがあると思います。出来ることは共に苦悩し考える同士でいることでしょうか。

 本田勝一さんが子供の弱さとして挙げているような条件があるとき、社会や世間はその子供の自己責任のように見過ごしてしまいます。それではだれもが神のようでなければならないことになってしまいます。

 人は弱く不完全で非力ですらあることを知らなければ人の痛みはわからないのではないでしょうか。

 

 次回に続けます。


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年が明けて。 [私の本棚]

 雲一片もない青空、三が日も終えて、娘一家の来訪が終わると、正月のせわしさも一段落、日常が戻ってきた。

取り込んだままの洗濯物をたたみながら、本棚に目をやると「親子とは何か」という本が目に入ってきました。1980年出版なのでかなり古い本。茶色いシミがたくさん浮いています。手にとってパラパラとくると「のぞけなかった子の心」というタイトルで岡百合子さんが書いている。本多勝一さんの「子どもたちの復讐を取材して」という文もあり、懐かしい著者。子どもたちの復讐については過去のブログで書いたことがありますが、取材後に書かれたものは読んでいなかったのでさっそく読んでみました。今年はこの本から始まることになりました。

 年明け早々びっくりするようなニュース。原宿の暴走事件。このような事件について社会は本当の解決策を持っているのだろうか、青少年事件だけでなく、政治をはじめ数々のニュースを思うと暗い気持ちになります。他人事みたいに、第三者みたいに暗い気持ちになるだけではいけないのでしょう。

本多勝一さんも言われているように、自分もひとりの親として考えてきました。親としての経験が整理されたり、わかってくることがあり、この本もとても役にたち参考になりました。その中で、とても納得がいったことを二、三記したいと思います。

 我が子を12歳という若さで自死という形で亡くされた岡さんの文は親としてどのように悲しみ、惑い、苦悩されたかが思われます。自死の理由は良く世間で考えるような一つの理由ではない、複合的なものでどこまで子どもが死を選んだ気持ちに近づけるか、岡さん自身もたどり着けないと考えている。その中で自分たちの生活、親子のかかわりをたどっています。親の生活の仕方はその頃の私の生活状況や生活観と似たところがあると思ったのですが、衣食住などがある程度満たされていれば子どもは自分の力で育っていくものと建前として思っていたところがあります。岡さんも教師をしながら忙しい生活をしていました。

これまで読んだいくつかの事例でも大人は子どもの心に届いていないことを知らされました。

 岡さんの息子さんは自然の中で泥んこになって遊びまわるような子ではなく、本などが大変好きで、明るくよく笑う子でしたが、大勢の中では友達疲れがしてしまうようなところがあったようです。父親が朝鮮籍で日本の中で微妙な立場にいるなども精神的に早熟で敏感な子供には影響しているかもしれません。

 息子さんは詩やいろんな心象風景のようなものを書いていましたが、両親は知りませんでした。お母さんは詩を書いていると息子さんから聞いていましたがどうせなんかろくなものではないだろうと思って見過ごしていたそうです。

「さけをのんでよう人間とようためにさけをのむ人とはちがう」という言葉などが紹介されています。

 

 本田勝一さんが「子どもたちの復讐」を取材してで、事件の根っこについて書かかれています。そこで本田氏が指摘していることは根っこにある本質的なもの、日本の社会構造とか、場の倫理である母性原理社会に戦後に個の倫理ともいうべき父性原理が殴り込みをかけたような形になったこと。世界にも類を見ないような急激な戦後日本の変化、急激な都市化、過疎と過密、核家族化、受験競争、高度成長、物質文明、自然破壊、環境破壊、そうしたことが末端まで社会構造を変え、場と個の両方が入り混じって人々の心の安定や子供の成長をゆさぶっている。これらの根っこは共通の原因ですが、みな同じように問題が現れるわけではなく、弱い部分に表れる。弱い部分とはどういう条件か、そういう条件のところに、いろいろの症状として出てくる。自然に接しない子、孤立している家庭、父親の立場が弱い家、幼児にスキンシップのない子、過保護や過干渉の子、社会の矛盾に過敏な子、好きなことのない子など弱さになることがある。

 こうしたことは親として注意して考えていかなければならないなと思いました。そして何より一番に大切なことは子どもの心を知ることだと思いました。

 しかしこのようなことにたとえ務めたとしても個人でカバーし切れることでないことはあきらかです。また子供の気持ちが分かってもどうにもできないこともある。社会全体で考え努力していかなければならないことなのだと思います。

 

 三が日が過ぎて、たまった新聞の切り抜きをしました。新書数冊分くらいになりそうでファイルに納めただけ。

 その中で、とても心に残った言葉がありました。


 文化の成熟は、自分たちを「批判」し「笑う」能力が人びとに備わっているかどうかで測れる。社会においても私生活でも、成熟とは、距離を取っておのれを冷静に、客観的に評価できるということだからと、評論家はいう。自国の歴史を「自慢話」にしないと気が済まないのは、その社会の未熟しかしめさない。 加藤周一 随想「歴史の見方」から


 国はまるで積み荷のゆるんだ大型貨物船のようである。船が傾くと、荷物が全部偏り、船は沈んでしまう。


  E.F.シューマッハー


 経済が国境を呑み込み、「経済以外のおよそ人間的な観点を封じ」てしまうと、社会内のまとまりが崩れ、その構造が「脆く、不安定に」なると、経済学者は言う。組合、地域団体、結社、大学など、国家と個人の中間にある勢力がしぼむと、個人は浮き草のように市場に弄ばれる。    スモール・イズ・ビューティフル

 


   朝日新聞 折々のことば


  

 

 

 


 

 

 







 


 

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国会審議について思う

 ブログをやめたいと思う理由は国会の状況を見て失望感ばかりが大きくなってしまうからです。そこで感じることはかなり大きな価値観の対立と対立の上で、政府や与党一部野党が国会の多数を占めるために議論が問題の本質には届かないまま法案だけが成立していく国会の姿です。議論ができない理由を野党の反対のための反対という国会運営に協力しない野党の責任と考える世論の一部もありますが、野党の反対にあるのではないと思います。多数を占めたら数でどうにでもなる、無理を通す、隠蔽する、行政、司法までゆがめてもいいという政治になったら、その影響はどうなるでしょう。民主主義の根底がなくなっているということでしょう。

 

 是枝監督作品「万引き家族」がカンヌ映画祭でパルムドール賞を受賞したそうです。カンヌ映画祭で最高の賞をもらった日本映画は21年ぶりということですが、何よりおめでたいことと思います。世界の映画人から高い評価を受けたということですが、監督との一門一答を朝日新聞で読みました。


 監督の言葉、

 「社会に対するメッセージを伝えるために映画を撮ったことはない。僕が描いた家族とどう向き合い、見過ごしてしまうような環境や感情をどう丁寧にすくいとるかだけを考えようと思った。どんなメッセージかは受け取る側が決めることではないかと思いながら作っている」

 とても共感、信頼が持てる姿勢だと思います。


 審査委員長が「見えない人々」について授賞式でかたっていることについて是枝監督は 「社会から見えない人々の可視化」ということについて監督は「誰もしらない」も社会からみえなくなっている子どもたちをどう可視化するかを考えながら撮った映画だったが、スタンスは同じ。それを見過ごしてしまう、もしくは目を背けてしまいがちな人々をどう可視化するかが、常に自分の中心に置いているスタンス。

と話されています。


 人が見ているものはその人が見ているものがすべてなのですから、自分がみているもの、見えているもののほかに無限の広い世界があることを常に自覚することが必要だろうと思います。

 見過ごすか、目を背けてしまうところから始まる無理解、偏見、冷たい壁、分断がどんな影響を与えるのか、私たちは本当にはよくわかっていないのかもしれません。

利己的な欲望の手放しの承認と弱肉強食の競争原理、自己責任論の中で、分断が進んでいるのでしょうか。それは一つの力の流れとしてあると思うのですが、それが主流であってほしくないと思います。

 自分の視野ということについて、最近読んでいた林竹二さんの本で、親や教師というものがどれだけ子供の心に気ついているか、子供と同じ気持ちになって考えているかということを言われている箇所が何度も出てきて、私も子供たちを育てるにあたって、どれくらい子どもと同じ気持ちになって考えてみることをしたろうかと、いつもいつもではなくても子供が何か問題にぶつかっているとき、本当に彼らの気持ちになって考えていたらきっと力になれていたのではないかと思ったりしました。と言っても後悔さきに立たずですけれど。

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否定の意味 [自問自答]

 否定ってどんな意味をもつのかな?

   おなじ否定でも違う働きがあるように思う。なにかについてもっとよくなりたいと思うような時の現実否定はあまり痛みが伴わない。時には他人から指摘される場合であってもありがたかったり、うれしかったりする。それが否定しなければならないように強要されるときはひどい痛みをともなうようだ。どこか自分の意に反するとき、痛いと感じるのかもしれない。自己否定には太陽に向かって伸びるようとするような前向きな自己否定と反対に自分の魂ともいうべきエネルギーを損なう否定とがあるようだ。
 
   こんなことを考えたのは生肯定と生否定ということについて考えていたからでした。生命の本質は生きることで、そして同時に命には限りがある。一生をかけて生き、そして次の世代を育てつなげる。人間の仕事もそれに尽きるように思う。

   すべての人に内的な要求、自発的なものによる伸長を尊重するような社会は不可能なのだろうか。もし不可能ではなく、そういう社会になったとしたら、そこではどういうことが起こるのだろう。自分と他人の関係にどんなことが必要でどんな配慮や約束事が必要になるのだろう。

  勝つか、負けるかの自他の関係の上に成立する社会(あるいは世界)は生否定、一面的な生肯定の社会にしかならないのではないだろうか。そこでは人間の自然性に見合わない否定のエネルギーが強力に働くように思える。
 こうした生否定のエネルギーをつよく抱えた社会の行方が人類に幸福をもたらすのかどうか、心配です。 
   

   

楽天主義か、悲観主義か。 [自問自答]

阿刀田高氏は楽観主義、悲観主義どちらに身を置くべきかについて、楽観主義に立つべきだと思うとのべておられます。
楽観主義は人間への信頼であり、あきらめないで生きる生肯定であると。
人はいつか死ぬ、生は死へむかって歩いているともいえる。
だから死を先急ぐことはない、と。
 
お年寄りが生きていくための最後の支えであるべき預金さえすべて引き出してしまう振り込め詐欺、かわいいですね、抱かせてくださいという女性にわが子を預けたら、腕をおられる。こんなニュースをみるとほんとうにひどい世の中になったとニュースをみるのも暗い気持ちになります。
しかし、私は阿刀田氏の言葉に同感しますし、そうありたいと思います。

 最近「老後はなぜ悲劇なのか?」(ロバート・バトラー著)と林竹二氏と灰谷健次郎氏の対談「教えることと学ぶこと」を読みながら、生きることについて関連するような感想を持ちました。

               
   「教えることと学ぶこと」から、一部分引用しますと           
              
子供はいつでも「未知のもの、何度くりかえしても未知のもの」
指導書に「子供の現実」とかいう欄を設けているのをみてゾッとする。既知のものとして子供にたいして授業を組み立てるということは、ある浅さで子供を釘つ‘けにする。子供はこういうもんだということを前提にしてすべての活動が営まれている。わたしは子供のことは知らないから、知らないものとして子供に対する。
子供は本性上、学ぶことへの強い希求をもっている。
人間の幼い子、とくに嬰児などの成長を見ていると生きることは成長することであり、成長することはすなわち学ぶことだということがわかる。
そして大事なことは、学ぶこと自身につよいところから湧きあがってくるような喜びが伴っている。
嬰児自身のうちに、子供自身のうちに、人間になるために学ぶ段階を一足ずつのぼろうとつとめるつよい衝動がある。
それが満たされたときに内面から湧いてくる喜びは深い。
この内的衝動と内部から湧いてくる喜びがなければ、どんなに外部から強いられても成功の望みはない。
学校という制度的存在の中に投げ出されている子供たちも、嬰児と同じたよりない存在である。
このたよりない子供たちがすくすくと伸びてゆくためには、彼らの成長に必要なものへの周囲の配慮が不可欠である。
あたたかい配慮が欠け、恣意的におのれの欲するところを施すのに急であれば、その結果は生命の圧殺につながってゆく。ーーーー  (引用)

もう一冊、  
「老後はなぜ悲劇なのか?」から

 老人とはこういうものという一般的な固定観念や偏見、つくりばなしの多くは断片的な真実が含まれてはいる が、混乱と誤解にみち、単に老後についての知識の欠落を表明していると著者はのべています。
 
 老化、生きることに後ろ向き、硬直化、ぼけなどこうした否定的な老後への固定観念とは対照的に「のどかさ」というつくり話も、それは老後を一種の大人のお伽の国のように考えることだが、事実は、老人はどの年齢層よりストレスが多く、これらのストレスはしばしば強烈なもので、このような危機に耐える老人の強さはすばらしいものだとロバート・バトラー氏はいいます。 
 老後には静かで安らかなときがやってくるものと思いがちで、私も本来はそうあるべきと想像してきましたが、どの年齢よりストレスが多いという指摘はつよいインパクトでした。老後に悲嘆はつきもの、周りの人たちとの死別、そして最終的には自分自身の死への悲しみ、無常観、貧困や孤独というような問題と向き合わなければなりません。現在はもっと厳しいものになっています。
 林竹二氏は宮城教育大学で学長を務められた後、全国を回って「人間について」という授業をされました。
この対談が出版されたのは1978年で、かなり前ですが、このときすでに林氏はこの辺でどうしても根本から転換しないと、教育によって国が滅び、民族が滅びるということにならざるとえないと思うとのべています。
人が人としてなるには内的衝動と内的喜びが必要であるということ、そしてどの子にも成長のための暖かい配慮が不可欠であるという指摘はそうなのだろうと思わざるをえません。人はふれあって生きているということは人生のどの段階においてもそうなのではないかと思います。
 命、生きるということ、人生の晩年などについて考えさせられました。
 林先生がいわれている「学ぶ」についてはとくに考えさせられたり教えられたりしました。
すべての対象、現象から様々なことを学び、それは肯定的なことばかりからではなく、否定的なものからも学ぶのですが、学ぶ基本のところに動機と喜びがある。それは外に向かって開く姿勢のように思えます。
できるだけ自分を無にして学ぼうとするとき、誰にとっても、どんな境遇にあっても広がりをもつのではと感じました。
 わたしは少し前の世代と今の人との間に時代的なとらえ方の違いがあるのだろうかとかんじることがあります。それはおかれた日々の現実そのものとの戦いの中で考える若者とあるべき理念や理想と現実とを考えるといった違いのようなものなのですが。 もう少し、先に行って考えてみたいと思います。